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「愛と祈りのことば」をよんで その4

貧しさは物質的なものだけでなく

精神的なものについても言えますね。



世界中には

物質的に飢えた国と

精神的に飢えた国との両方が存在します。



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マザーは

世界中のどこに住んでいようとも、人間の欲求、

すなわち求めるものは同じか、または極めて似たものです。

何と言おうとも、とにかく一般的に言って、

西欧世界における欲求は、精神的なものです。

物質的欲求は概して満たされているのですが、そこにはむしろ、

途方もなくひどい精神的な貧困が存在しているのです。




と先進国における貧困さについていわれましたね。


今の日本はこちら側に入ると思います。




私たちは忙しすぎます。だからお互いを見つめ合う時間も、

互いにほほえみ合う時間も持ち合わせていないのではないでしょうか




本当にそう言えると思います。

自分のことで精一杯で、他の人を気遣う余裕がありません。

他の人に無関心でいることが、当たり前になってしまっています。

たとえ一瞬のほほ笑みでさえも、日常生活ではあっさり省略されてしまいます。



貧しい人たちは私たちを求めています。

その人たちを愛するためには、

その人たちの存在に気づかねばなりません。

この事実についてもう一度考えてみましょう。

私たちの家族の中に、貧しい人々がいることに気づいていますか?


人々は特に、食べ物以外のもので飢えていることがあるものです。

私たちの子供たち、夫、妻は食物、衣服、

住む所には飢えてはいないでしょう。

でも、彼らが一人っきりで淋しく、見捨てられ、無視されている結果、

愛情に飢えていないとは断言できないのです。

こういう貧しさも存在しているのです




物質面だけでなく

人々の、特に自分自身の家族の精神的な飢えを顧みる必要があるのですね。

むしろそちらの飢えのほうが

一見分かりづらく、見過ごされがちで

かつ、根深くはびこっているのかもしれません。



家族に愛を示すのは時に他人に示すよりも

難しく感じる時があります。


でも

まず、自分の周りの身近な人の必要に敏感であり

そして、関心を示していかないといけないのですね。




貧しい人は、私たちのお情けを必要としていません。

我らが求めているのは、私たちの愛と優しさなのです。





形だけや見せかけではなく、

真の、心から行う気持ちが必要とされていることが分かります。






さらに悪いことに、

精神的に飢えている人、その本人が

物質面では満たされている

ということだけで満足してしまい


自分の精神的飢えに気づいていない場合もあります。




イエスは山上の垂訓で


自分の霊的な必要を自覚している人たちは幸いです。

天の王国はその人たちのものだからです。



といわれましたね。





物質的に満たされているように見えても

本当に大切なのは

その人の精神的飢えを満たしてあげること

そして、

自分もまた、霊的に貧困であるということを

忘れないようにしなければいけないと


改めて考えることができました。



身近な人から

無関心ではなく

心からの愛を示せたらいいなぁと思います。



他の人に与えることによって

自分もまた満たされますので…ne♪



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今日も最後まで読んでくださって本当にありがとうございます   
                                   by ankorinn













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