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ネヴィル・ゴダードの「想定の『超』法則」を読んで

書いていいものかどうか、迷いましたが

あんこりんは、聖書のお勉強をしていた時期があったんですが ほんとかよ~
この本に出てくる、たくさんの聖書の言葉の解釈
今まで、自分がとらえていた聖書の解釈の仕方
ずいぶん違うので、最初、とても戸惑いました



未来を改造する【ザ・パワー】のしくみ 想定の『超』法則(超☆きらきら) (超☆きらきら 4)未来を改造する【ザ・パワー】のしくみ 想定の『超』法則(超☆きらきら) (超☆きらきら 4)
(2011/08/03)
ネヴィル・ゴダード

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あまりの違いに、読み始めてすぐに、嫌悪感を感じてしまい
「なんだ、これ
と、ポイしていました。放置


でも、この2,3ヶ月で環境の変化があり、考えも変化していくにつれ、
この本のとらえ方も変わってきました。

この
未来を改造する【ザ・パワー】のしくみ 想定の『超』法則(超☆きらきら) (超☆きらきら 4)
の中で、次の聖句が述べられています。



言葉を行う人になりなさい。

聞くことに甘んじて、自分を偽ってはなりません。

言葉を聞くだけで行わない人は、

鏡に映る自分の素顔を見て、立ち去り、

自分のしてきたことをすぐに忘れる人のようです。

しかし、完全な自由の法を見つめる人は、

忘れやすい聞き手にならず、言葉を行う者となり、

その行為によって祝福を受けます。
 ヤコブの手紙1:22~25



ここでは、「言葉」は、発想、概念、願望を意味します。
自分の「想い」一つで、願望が実現することを期待していながら、
話を聞くだけで終わってしまう人は、自分を偽っている…

と述べています。

う~ん
なんせ、私が学んできた「言葉」というのは
聖書の言葉、神の原則、神のみ言葉という
絶対的に正しい神の命令
というものだったのですが

この本は、「言葉」自体が、自分の考え 願望と、
とらえられているのです。

神からのものととらえるのか、自分の頭の中のものととらえるのか…
立場が真逆なのです

「完全な自由の法を見つめる」とは、願望がすでに実現しているという想いを貫くことです。

へ~そうなの、そういうふうにとらえていいの

わたしが学んだのは、
「完全な律法を熟視し…」
聖書の一部分だけを、自分に都合よくとらえて解釈するのではなく
聖書全体をふまえて、神の考えを自分にあてはめる人のことでした。


この本では、「自分のしてきたことをすぐに忘れる」とは、
自分の望む想定を貫かないこと、だそうです。

これは、なんとなく理解できます。自分を貫けない人ね


「完全な自由の法」とは、自分を制限から解放 する法則
つまり「想定の法則」と述べています。

そっちにいくのか


望みが実現しているという気持ちを、常に生き生きと意識しつづけていれば、
「忘れやすい聞き手」ではなくなります。
あなたは「行う者」となり、願望の実現が避けられなくなり、祝福を受けます。


神の考えを、徹底して自分の考えと置き換えていく思考パターンが
今までなかったので、

そういう考え方もあるんですね

という、ちょっとした感動すら覚えました大袈裟ですかね

たしかに、神に堅い信仰を持つのと同じくらい
自分の想定が実現すると、信じることができるなら
不可能はないでしょうね

そのほかにも、考え方、というか、とらえ方の違いなど、
おもしろかったので、ちょっと紹介してみました

よかったら読んでみてください…

未来を改造する【ザ・パワー】のしくみ 想定の『超』法則(超☆きらきら) (超☆きらきら 4)

今日も最後まで読んでくださってありがとう   by ankorin
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