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「人を動かす」を読んで

人を批判することほど

簡単なことはありませんね。。。





それは

何の知恵も労力もいらず

どれほど愚かな人でも

出来ることですね。。。





真に賢い人は

相手に対し

理解と寛容を示そうとするはずです。





英国の思想家カーライルは

「偉人は、小人物の扱い方によって、
その偉大さを示す」


と述べたそうですね。。。




CIMG1410.jpg




今日は、人を非難するかわりに

理解をすることの大切さについて

書かれていたので





ご紹介出来ればなぁ

と思いましたyo







この文章は、

最初“ピープルズ・ホーム・ジャーナル”誌の

論説として発表されましたが、

のちに

“リーダーズ・ダイジェスト”誌が要約して

掲載したものだそうですyo。。。




     父は忘れる

 坊や、きいておくれ。

おまえは小さな手に頬をのせ、

汗ばんだ額に金色の巻き毛をくっつけて、

安らかに眠っているね。

お父さんは、

ひとりでこっそりお前の部屋にやってきた。

今しがたまで、

お父さんは書斎で新聞を読んでいたが、

急に息苦しい悔恨の念にせまられた。

罪の意識にさいなまれて

おまえのそばへやってきたのだ。

 お父さんは考えた。

これまでわたしはおまえに

ずいぶんつらく当っていたのだ。

おまえが学校へ行く支度をしている最中に、

タオルで顔をちょっとなでただけだといって、

叱った。

靴をみがかないからといって、

叱りつけた。

また、

持ちものを床の上にほうりなげたといっては、

どなりつけた。

 今朝も食事中に小言をいった。

食べ物をこぼすとか、

丸飲みにするとか、

テーブルにひじをつくとか、

パンにバターをつけすぎるとかいって、

叱りつけた。

それから、

おまえは遊びに出かけるし、

お父さんは駅へ行くので、

一緒に家を出たが、

別れるとき、

おまえはふりかえって手を振りながら、

「お父さん、行ってらっしゃい!」

といった。

すると、

お父さんは、顔をしかめて、

「胸を張りなさい!」といった。


 同じようなことがまた夕方にくりかえされた。

わたしが帰ってくると、

おまえは地面にひざをついて、

ビー玉で遊んでいた。

ストッキングはひざのところが

穴だらけになっていた。

お父さんはおまえを家へ追いかえし、

友だちの前で恥をかかせた。

「靴下は高いのだ。

おなえが自分で金をもうけて買うんだったら、

もっと大切にするはずだ!」-

―これが、お父さんの口から出たことばだから、

われながら情けない!

 それから夜になって

お父さんが書斎で新聞を読んでいるとき、

おまえは、哀しげな目つきをして、

おずおずと部屋に入ってきたね。

うるさそうにわたしが目を上げると、

おまえは、

入り口のところで、ためらった。

「何の用だ」とわたしがどなると、

おまえは何もいわずに、

さっとわたしのそばにかけよってきた。

両の手をわたしの首に巻きつけて、

わたしにキスした。

おまえの小さな両腕には、

神様がうえつけてくださった愛情がこもっていた。

どんなにないがしろにされても、

決して枯れることのない愛情だ。

やがて、おまえは、

ばたばたを足音をたてて、

二階の部屋へ行ってしまった。

 ところが、坊や、

そのすぐあとで、

お父さんは突然何ともいえない不安におそわれ、

手にしていた新聞を思わず取り落としたのだ。

なんという習慣に、

お父さんは、取りつかれていたのだろう!

叱ってばかりいる習慣-

―まだほんの子供にすぎないおまえに、

お父さんはなんということをしてきたのだろう!

決しておまえを愛していないわけではない。

お父さんは、

まだ年端もゆかないおまえに、

むりなことを期待しすぎていたのだ。

おまえをおとなと同列に考えていたのだ。

 おまえのなかには、

善良な、立派な、

真実なものがいっぱいある。

おまえのやさしい心根は、

ちょうど山の向こうからひろがってくる

あけぼのを見るようだ。

おまえがこのお父さんにとびつき、

お休みのキスをしたとき、

そのことが、お父さんにははっきりわかった。

ほかのことは問題ではない。

お父さんは、おまえに詫びたくて、

こうしてひざまずいているのだ。

 お父さんとしては、

これが、おまえに対するせめてものつぐないだ。

昼間こういうことを話しても、

おまえにはわかるまい。

だが、あすからは、きっと、

よいお父さんになってみせる。

おまえと仲よしになって、

いっしょに喜んだり悲しんだりしよう。

小言をいいたくなったら舌をかもう。

そして、おまえがまだ子供だということを

常に忘れないようにしよう。

 お父さんはおまえを

一人前の人間と見なしていたようだ。

こうして、あどけない寝顔を見ていると、

やはりおまえはまだ赤ちゃんだ。

きのうも、お母さんに抱っこされて、

肩にもたれかかっていたではないか。

お父さんの注文が多すぎたのだ。








非難をする前に

相手の立場や状況を

よく理解するように努めるなら




非難の代わりに

同情や寛容といった精神が

生まれるかもしれませんね。






このお父さんは

いままでどれほど

子供の心を

ないがしろにして

寄り添ってあげていなかったかを

痛感したのでしょうね。。。





自分自身、不完全な私たちに

他の人を批判する権利は

ありません






なぜそのような行動をするに至ったかを

よく理解するなら

相手を許すことができるかもしれません。。。







英国の文学者ドクター・ジョンソンのことばが

この章の最後に書かれていました。。。




「神様でさえ、人を裁くには、

その人の死後までお待ちになる」






神でさえ待たれるというのに、

ましてや人間が

それを踏み越えて

待たないでいいわけが

ありません…ね。





誰でも簡単にできる批判癖…




意識して心から締め出そうと

思いましたyo。。.





人を動かす 新装版






今日も最後まで読んでくださって本当にありがとうございます
さわやかな気分で一日をお過ごしくださいね
                             by ankorinn
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